あなたに好きなアーティストがいる場合、同じMVを何度も見返した経験があるだろう。最初に見たとき、次に見たとき、その次に見たとき……とMVの再生を繰り返す行為には、回帰の要素が多分に含まれている。
この記事ではアルバム《ETERNALT》を通して「MVを見返す」という行為について考える。
2025年4月3日、アルバム《ETERNALT》*1のタイトル曲『All My Poetry(韓国語題:내 안의 모든 시와 소설은、拙訳:私の中のすべての詩と小説は)』*2でアイドルグループ「CLOSE YOUR EYES」がデビューした。2024年に開催されたProject 7というサバイバルオーディション番組から結成されたこのグループのデビューアルバム《ETERNALT》にはいくつもの回帰性が表現されている。
アルバムには8曲収録されていて、最新の現在らしい音楽のサウンドの作り(=エフェクトやシンセの音の響きやベース楽器の音の種類)の曲もあれば、2000年代の音楽のサウンドの作りのような曲もあり、そこでも私たちは時を振り返ることになる。
アルバム通常版は歌詞カードがフォトブック(フォトアルバム)仕様でメンバーの幼いときの写真と、幼いときの写真のポーズや状況を真似して撮影した現在の写真が印刷されており、アルバム用に撮りおろされた写真ですらも時を振り返っている。またアルバム発売前、ホームページでは時計の針を何度も回すとメンバーの幼いときの画像が表示されるというプロモーションが行われた。
〈All My Poetry〉には歌詞にも「Then I loop back」というフレーズが入っており、それが何度も繰り返され、MV映像の中にも時間が巻き戻る描写がある。
CLOSE YOUR EYES 'All My Poetry' MV https://youtu.be/7dVwqwzavgg
このMVでは様々なシーンのカットがカメラのフラッシュのように一瞬ごとに挿入される。シーンは大まかに「7人がゲストハウスに揃う前」と「揃った後」の2つに分けられるが、カットの挿入はその時系列すらバラバラに切り離している。そのため、MVを見る者はいくつものシーン時間の間を歌詞や映像にあるように「ループバック」することになる。このMV見るときの感覚はまるでたくさんのフォトアルバムを思うままに手に取り、開いたままにしているときのようだ。
以下でカットごとに解説を行う。
MVカット解説
・MVは闇に光が柔く点在する空間から無音の状態で始まる。その空間に佇むピンク髪の少年(演:ケンシン)はすぐに別の部屋へ移動する。机に向かい椅子に座る少年。そしてその少年が鉛筆を手に取って時計回りにまわし始めた瞬間、イントロが流れ始める。
・パフォーマンス映像(背景:芝が茂る野原)
・山道をひとり歩く少年(演:ギョンべ)。手にはハガキがある。
・パフォーマンス映像(背景:山の砂利の平地)
・バスに乗りどこかへ向かっている少年(演:スンホ)。停まったバス停で少女がバスに乗車してくる。目が合うことはなく少年の前の席に座る。
・一瞬挟まれる部屋にいるピンク髪の少年(演:ケンシン)のカット。
・これからスケートボードに乗る少年(演:ヨジュン)とその遠景のカット。
・パフォーマンス映像(背景:芝が茂る野原)
・山道を歩く少年(演:ギョンべ)の横を車が通り過ぎようとする。
・回していた鉛筆を落としてしまうピンク髪の少年(演:ケンシン)。回していた鉛筆を落としたことで時間が止まる世界。
・止まった世界のカット。少年(演:ギョンべ)の横を通り過ぎようとした車は別の少年(演:ミヌク)が運転していた。
・鉛筆が宙に浮いたまま止まっているのを不思議そうに眺めるピンク髪の少年(演:ケンシン)。
・パフォーマンス映像(背景:山の砂利の平地)
・そして少年(演:ケンシン)が再び鉛筆を手にすることで時間が巻き戻り始める。
・パフォーマンス映像(背景:ゲストハウス庭-夕方)
・ゲストハウスの庭で7人の少年たちが楽しげに過ごしているカット。
・パフォーマンス映像(背景:ゲストハウス庭-夕方)
・真昼のゲストハウス庭で寝そべったり水をかけてはしゃいだりする7人の少年たち。
・パフォーマンス映像(背景:ゲストハウス庭-夕方)
・夜、それぞれ楽しそうに重そうな荷物を引きずって山の上で芝生の茂る坂を登る7人の少年たち。
・昼、ハガキを手に商店に入っていく少年(演:ソンミン)。
・飛び立つ鳩と走る幼子のカット。
・少年(演:ソンミン)はハガキに記載された場所を店主に尋ね、商店を出ていく。同じ時、商店の外で別の少年(演:マー・ジンシャン)もハガキに記載された場所について道にいる人に尋ねていた。
・近くで同じことをしていた少年たち(演:ソンミン、マー・ジンシャン)が商店の外で目を合わせることなくすれ違う。
・山でスケートボードに乗る少年(演:ヨジュン)。それを見つめる鹿。少年は転んでしまいスケートボードから投げ出される。
・再び映されるピンク髪の少年(演:ケンシン)。ペンを最初にしていたのとは逆向き(反時計回り)に回すと、世界の時間が巻き戻っていく。
・パフォーマンス映像(背景:ゲストハウス庭-夕方)。ケンシンがメンバーを操ってハートを作らせる振り付けの部分。
・ノートを手にベットに寝そべるピンク髪の少年(演:ケンシン)。
・廃墟の中に入っていく7人の少年たち。明かりで廃墟内の様子を見ている少年(演:ソンミン、スンホ)。
・再びバスにいる少年(演:スンホ)のカットへ。時間が巻き戻ったことで再びバスに乗車してくる少女。
・ベットに寝そべった少年(演:ケンシン)は枕元にあった懐中時計を手に取る。時刻は10時4分15秒ぐらいを指している。
・バスでは巻き戻る前とは違い、少年(演:スンホ)と目線が合ったことで少年の隣に着席する少女。少女とぶつかったはずみで耳につけていた無線イヤホンを床に落としてしまう少年。
・うれしそうに机に向かう少年(演:ケンシン)のカット。
・床に落ちたイヤホンをそれぞれ拾おうとして、ふと目線が合う少年(演:スンホ)と少女。
・パフォーマンス映像(背景:ゲストハウス庭-夕方)
・スケートボードから飛び出したまま時が止まった少年(演:ヨジュン)。
・飛び立つ鳩と一緒に映っていた少年も手を上げたまま時が止まっている。
・壁一枚を隔てた場所でそれぞれ道を尋ねていた少年たち(演ソンミン、マー・ジンシャン)の時も同じく止まっている。
・昼、プールサイドで楽しく過ごす7人の少年たちのカット。
・パフォーマンス映像(背景:ゲストハウス庭-夕方)
・明かりを手に様子を調べていた廃墟内に青いペンキをふんだんにぶちまける7人の少年たち*3。*4
・プールサイドで本を開くピンク髪の少年(演:ケンシン)。ピンク髪の少年に視線を向ける少年(演:スンホ)。目線に気づき、目を合わせて屈託なく笑う少年(演:ケンシン)。
・昼、ゲストハウス屋外でテーブルを囲む7人の少年たち。
・パフォーマンス映像(背景:ゲストハウス庭-夕方)
・テーブルのそばで7人で集合し記念撮影をする少年たち。このカットはこのMVのサムネイルになっている。フィルムカメラで撮影した写真のようになっている静止画のシーンには「10-18-’24(Project 7の放送開始日)」が印字されている。
・遠くにある黒い紙の穴から光が差し込み、金の紙吹雪が舞い上がる空間で、閉じていた目を開けるピンク髪の少年(演:ケンシン)のカット。
・パフォーマンス映像(背景:ゲストハウス庭-夕方)
・車を運転する少年(演:ミヌク)と山道を歩く少年(演:ギョンべ)、スケートボードに乗る少年(演:ヨジュン)、それぞれ道を尋ねる2人の少年(演:ソンミン、マー・ジンシャン)の時間が止まったままの3つの空間を順に訪れるピンク髪の少年(演:ケンシン)。少年(演:ソンミン)の様子を面白そうに伺いながらレジにあった棒付きキャンディをそっと地面に置く。
・黒い紙に穴が開いてそこから光がまばらに漏れている空間のカット。7人の少年たちは折り重なるように寝そべっている。
・落ちている棒付きキャンディを拾ってレジに戻す少年(演:ソンミン)。外に出るとループ前には店の前ですれ違って出会うことはなかった少年(演:マー・ジンシャン)と目が合う。
・パフォーマンス映像(背景:黒い紙の穴から光が差す空間)
・黒い紙から光が差す空間で顔を上げる少年(演:?)
・スケートボードをしていた少年(演:ヨジュン)は、おそらく道案内をしてくれるのであろう、自身を見つめている鹿に気がついた様子だ。
・パフォーマンス映像(背景:黒い紙の穴から光が差す空間)
・山道を走る車の荷台に2人並んで座る少年たち(演:ソンミン、マー・ジンシャン)
・黒い紙からぼんやり光が差す空間で、光を見上げている7人の少年たち。
・パフォーマンス映像(背景:黒い紙から光が差す空間)
・机に向かい、ノートに「2025」と書き込むピンク髪の少年(演:ケンシン)。椅子から立ち上がって窓の外を見ている。
・ゲストハウスから出てくるピンク髪の少年(演:ケンシン)。
・パフォーマンス映像(背景:黒い紙から光が差す空間)
・少年(演:ギョンべ)の手がカメラに蓋をするようにして暗転。真っ黒な背景に真っ白な文字〈Poetry - 내 안의 모든 시와 소설은〉が映される。
・ゲストハウスの庭にたどり着いた6人の少年たち。階段の踊り場から身を乗り出し迎えるピンク髪の少年(演:ケンシン)。同じ場所に集まった7人の少年たちの表情をひとりずつ映していくカット。
・ピンク髪の少年(演:ケンシン)が「2025」と書き込んでいたであろうノートがパラパラと捲れていく。かわいらしいオバケが書かれたページと家に何かが降っているイラストのページがある。*5
・7人の少年たちが黒い空間で差し込む光と向き合っているカット。少年たちが見つめる光は先程よりも多く、強くなっている。
・暗転し「CLOSE YOUR EYES」「ETERNALT」「UNCORE」のロゴが順に映される。
・MV終わり
CLOSE YOUR EYESの活動期間は36ヶ月=3年間と発表されていて、その後のグループ活動は保証されていない。だがメンバーたちがProject 7で出会い、CLOSE YOUR EYESとしてデビューし、たくさんの活動を行ったことはいろんなところに痕跡として残る。その痕跡の1つがMVである。
これはCLOSE YOUR EYESだけでなく他のアーティストにも当てはまる。「現在」はいつでもすぐに過去になっていく。MVという‘撮影された当時の「現在」を切り取った映像’を見ることそのものが、過去を振り返る行為にもなる。
もし活動が終わったとしても、何らかの事情によりネット上から映像がなくなったとしても、私たちがMVを見たという事実は変わらない。それが大切なものであるほど、私たちはそのMVを見たことをあとから思い出して懐かしく振り返る。
そして現在の位置からMVを見ることでMV発表当時のアーティストの活動や、それを見ていた自分の状況を思い出すこともあるだろう。現実では過ぎた時間を巻き戻すことはできないが振り返って思い出すことはできる。これこそが私たちができる「ループバック[回帰]」なのだ。
〈All My Poetry〉のMVはループバック、つまり現実ではありえない時間の巻き戻しが表現され、私たちはアルバム《ETERNALT》を通してアルバムや撮影された映像を見ることについての回帰性を考えることができる。
このように《ETERNALT》がデビューアルバムでそれを表現することで、このグループの活動にはいつでも回帰性が伴うこととなった。イ・ヘイン統括プロデューサーによるこれ以上ないプロデュースだと感心しながら、私は彼らをこれからも見つめ続けるだろう。
いつか、遠い未来で彼らの現在進行形とお別れをするそのときまでずっと。
アルバム《ETERNALT》Spotifyリンク
https://open.spotify.com/album/5N8nzYvaqnls4UduaKAQjh?si=2Jis0NCQQoKiXzljey5rmg
*1:アルバム名《ETERNALT》は永遠=ETERNALと時間=Timeを掛け合わせた造語である。
*2:タイトルが比較的長いため〈내 안의 모든 시와 소설은〉→太字部分を取り出して「ネモシソ」とメンバーやファンから呼称される。
*3:ぶちまけている青いペンキは今になってみると2ndアルバム収録曲〈Paint Candy〉を仄めか(=スポ)していたのだろう。
*4:思い切りぶちまけすぎてこのカットのラストでスンホの頭にペンキをかけてしまうケンシン。ビハインド映像でスンホがスタッフの手によって一生懸命ペンキを拭われていた様を微笑ましく思い出す。
*5:ページが捲れるシーンでは2ndアルバムのコンセプトである「ゴーストハウス」を仄めかしている。